料亭女将 山口 清子さん
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台東区雷門一丁目十五番一号。浅草寺前のにぎやかな通りから一本裏道に入った場所に、どっしりとした門構えの日本家屋が姿を現します。そこは、『茶寮一松』(ちゃりょういちまつ)。まるで昭和初期にタイムスリップしたかのような感覚で門をくぐり、手入れの行き届いた庭を眺めながら玄関に入るときにはもう、不思議と穏やかな気持ちに。
「いらっしゃいませ」
カラカラと引き戸を開けると、ふわっと漂う木の香りとオレンジ色のあたたかな灯りに包まれて、しっとりとした和服姿の女将・山口清子(やまぐち きよこ)さんが迎え入れてくれました。昭和34年の創業以来、三代目となる山口さんにとって、この茶寮一松は生家。幼い頃から祖父母や両親が店を切り盛りする背中を見て育ち、現在は女将として約20名のスタッフをまとめながら、この料亭の歴史を繋いでいます。

「岡山で料理旅館を営んでいた祖父が、この浅草の地に店を構えてから50年になります。子どもの頃は“友達の家より大きいなぁ”と、家に帰ってくるのが嬉しかったですね。父が庭の掃除をしている時は、池で魚釣りの真似事をして遊んだのも良い思い出です」
物心ついた頃から下足番や洗い物、帳面つけなどを手伝い、自身の生活の一部としてお店と共に成長してきたという山口さん。女将を名乗るようになったのは、いつのことだったのでしょうか?
「祖母や母の時代は、女将が表に出ることは殆どありませんでした。裏でお料理が滞りなく出るよう仕切ったり、お客様のお出迎えや配膳をする仲居達をまとめたり、すべてが順調に動くように指示する司令塔のような存在だったんです。それが女将としての一番大切な仕事だと教わりました。そして20年程前に祖母である大女将が亡くなった頃、お食事中のお得意様がお座敷に挨拶においでよ、と言ってくださるようになって。それを機に“若女将として仕事を始めなければならない”と、私自身の意識が切り替わりましたね」

そんな山口さんが守り育んでいる茶寮一松、そこでおこなわれる結婚式にはどのような想いを抱いているのでしょうか?
「花嫁様に“自分の生家からお嫁に出る”という感覚を味わっていただきたいんです。お母様がすぐそばにいる安心感を抱きながら、お支度をし、大広間に移動してお式を挙げる…まるで自分の家で式を挙げるような“くつろぎ感”が一松ブライダルの醍醐味です」
神社で式を挙げたカップルは人力車に乗り、にぎわう浅草の沿道で、道行く人達から祝福の声を浴びる。一松にたどり着くと、“おめでとう”とあたたかく迎えてくれる仲居さん達。列席者のみなさんも、靴を脱いで玄関を上がっていくことで気持ちも身体も休まり、畳の触感にどこかほっとするようです。
「一松で結婚式をやるようになったのは、“家”を考え直してほしかったからなんです」
現在の一松ブライダルの基盤を創り上げた女将の考えをたどってみましょう。
[インタビュー・構成] 2story取材班