宿泊課・ロビーサービス 山川 舞子さん
浦和の街の顔になりたい
「浦和ロイヤルパインズホテルが出来る前は、JR浦和駅前で、人の波が止まってしまっていたそうです。伊勢丹やコルソ付近は賑やかでも、一歩商店街に入ると閑散としていて…。
新しくホテルが建つと耳にされたお客様から、 “ 早くいいものを建ててください! ” という声をたくさん頂いたとお聞きしていますよ。」
と、ホテルの歴史を聞かれる事も多いという山川さん。
当時、浦和は県庁所在地にも関わらず、外国から大切なお客様を迎えるようなホテルが少なく、わざわざ東京のホテルを利用するケースが多々あったと言います。しかも、ホテル完成直後には既にさいたま市の合併、「さいたまスーパーアリーナ」などの大型施設の完成が控えていたので、浦和ロイヤルパインズホテルを海外からの要人も受け入れられる国際的なスタンダードのホテルにする事も非常に重要でした。浦和ロイヤルパインズホテル完成後も、 “ ホテルとどう共存していくべきか ” 商店街の中で勉強会も行われていたそうです。
開業当時のホテルの雰囲気、そしてロビーの様子についてロビーサービスの前島マネージャーにお聞きしてみました。
「当初、ロビーサービスは5人。目標にしたいホテルのロビーで勤務した経験を持つスタッフを中心に、みんながそれぞれアイデアを出し合い、現在のロビーサービスの基盤を構築してきました。
“ どんなホテルなんだろう ” と興味津々にロビーを訪れるお客様もとても多かったですよ。このホテルは浦和のシンボルになり得る “ 特別な存在になりたい! ” と強い思いを持っていました。」
現在のロビーの姿は、当時からのアイデアが積み重なって創り上げられてきたものなんですね。
これまで、ロビーではどのような出来事があったのでしょうか?
「最も印象に残っているのは2000年に行われた『浦和ルーチフェスタ21』ですね。
さいたま市誕生を記念して市と共同で開催されたものですが、本当にすごかった!12万6000個の電飾でホテルの壁面にイタリアの寺院などが再現されました。
夜7時にライトアップする瞬間、ホテルの館内中から毎日どよめくような歓声が起こっていましたね。
1999年の開業以来、浦和ロイヤルパインズホテルが最高潮のにぎわいを見せた イベントの一つです。
また、こんな出来事もありました。学校帰りの小学生の男の子がロビーの女性スタッフをとても気に入って毎日のようにホテルに遊びに来ていました。きっと初恋なんでしょうね(笑)。それから5〜6年毎日来てくれて…。
やはり成長とともに足は遠のいてしまったのですが、この間、偶然、テレビドラマで活躍している姿を見かけたんです!久しぶりにホテルに訪れてくださった時は、スタッフみんな “ 我が子 ” を迎えるように喜んでいましたね。何年経ってもお客様に愛して頂けるホテルで働けるって、本当に幸せです。」
と、ロビーサービスの前島マネージャー。9年の間に様々な出来事があった浦和ロイヤルパインズホテル。それを支えてきたスタッフの方々。
前島マネージャーにとって、山川さんはどのような存在なのでしょうか?
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